【関屋記念2024】トゥードジボンが夏の新潟を制す!第59回記念レースを制した末脚の真実とは?

回顧録

夏を射抜いた末脚 ― トゥードジボンと2024年の風景

8月の新潟は、いつにも増して湿り気を帯びていた。

けれどその日の空は不思議なほど澄んでいた。
2024年8月11日、第59回関屋記念。
その舞台に鮮やかに彩る主役が待っていた。

その名は――トゥードジボン。

馬体重476kg。
鹿毛の馬体は陽射しを艶やかに跳ね返し、スタンドからの視線を受けてさらに輝きを増す。

まだ本格化の手前と見られていたその馬が、豪華18頭立ての夏マイル戦を、一瞬の切れ味で断ち割った。

潮目を変えた風と、四位洋文の見えない手綱

あの日の新潟は、午前中こそ少し湿気を含んでいたが、午後になると海風が入り、乾いた空気が競馬場の芝を心地よく揺らしていた。

芝コースは良馬場。

スタンドからは、屋台の焼きトウモロコシの香ばしい匂いが立ち込め、どこか郷愁を誘う盆の空気が流れていた。

静かな熱気の中、パドックで注目を集めていたのは、もちろん実績馬たちだった。
ジュンブロッサム。プレサージュリフト。ラインベック…。

だが、15番ゲートから発馬を待つトゥードジボンには、何か違う「空気」があった。

この馬の背には、松山弘平。 騎手生活15年目の節目にして、円熟味がにじみ出る男だった。

厩舎は四位洋文。
名手として知られた元騎手が、自身の調教師キャリアでついに掴みかけていた「初重賞タイトル」。

──この馬と、掴むしかない。

調教では前向きすぎる面も見せたトゥードジボンだったが、調整を重ね、ようやく手綱に応えるようになった。

そしてこの日。彼らの呼吸は、見えない風のように合っていた。

静かなスロー、切り裂く一閃

レースが始まった。

18頭が一斉に飛び出し、先頭に立ったのはディスペランツァ。
隊列は大きくばらけず、1000m通過は59.3秒。
マイル戦にしては落ち着いたペースだった。

トゥードジボンは道中10番手付近、馬群の外で息を潜めていた。

背中に乗る松山は、まだ動かない。

スタンドに集う観客たちは、ジュンブロッサムが内からスルスルと進出するのを見てざわめき始めた。

「来るぞ、戸崎!」

その声にかき消されるように、次の瞬間。

トゥードジボンが動いた。

直線に向いた瞬間、右手前に替え、外から一気に脚を伸ばす。
前にいた馬が、まるで静止画のように後ろに流れていく。

この一閃。

まさに「風を断つ」という表現がふさわしい。

松山の腕は、わずかに左右に絞られるだけ。
馬が勝手に走っているかのような推進力。

追いすがるディオは渾身の末脚を振り絞るが、差は開くばかり。

ゴール板を駆け抜けた時計は、1分32秒9。
夏の新潟マイルを支配する、確かな数字だった。

一瞬の夏に、未来が宿る

ゴール後、松山は空を仰いだ。

その表情は静かだった。
派手なガッツポーズもない。
ただ、トゥードジボンの首筋を優しく叩き、声をかけていた。

「ありがとうな」

それだけで、十分だった。

管理する四位洋文調教師は、検量室前で軽く頷いた。
言葉よりも、深く伝わる喜び。
騎手として日本ダービーやジャパンカップを制してきた男が、調教師として初の重賞制覇。

そこには「道を継ぐ者」の誇りと、「信じた者」への感謝が込められていた。

動く社会、揺れる大地、そして競馬の意味

この勝利のわずか3日前。

日本列島を震撼させる出来事があった。
8月8日、南海トラフ沿いでマグニチュード7.1の地震。
津波警報が発令され、国民の緊張が走った。

幸い大きな被害は避けられたが、「何が起きてもおかしくない」という空気が、社会の底に漂い続けていた。

そして、経済もまた揺れながら前進していた。

2024年第2四半期のGDPは年率3.1%成長。
観光客数は293万人に達し、コロナ禍前の水準を超えた。

パリ五輪では日本が金メダル20個を含む計45個のメダルを獲得。
国民はテレビの前で一喜一憂し、世界と再びつながった自信を感じていた。

だが政治の空気は複雑だった。
岸田文雄首相が次期総裁選に不出馬を表明。
政界は新たなフェーズへと舵を切る準備を始めていた。

そのような時代の節目で、関屋記念は淡々と、しかし鮮やかに開催された。

競馬には、時代の余白を埋める力がある。
喧騒の中にある「静けさ」を、走る蹄音のなかに見いだすことができる。

伝統60年の先に、新たな扉

1966年に始まった関屋記念は、今年でちょうど60回目。

還暦を迎えた伝統のレースは、トゥードジボンという新星を主役に据えることで、そのバトンを未来へと手渡した。

その瞬間、新潟の空を駆け抜けた風は、確かに何かを変えたのだ。

老舗の名馬ではなく、新興の期待馬が、空気を一変させた。

そしてまた来年、この夏空の下で、新たな風が吹くだろう。

結びに――

あなたは、この夏、何を見ただろうか。

焼けるような陽射しと、人々の熱狂。
揺れる大地と、揺るがぬ走り。

1分32秒9という数字は、ただのタイムではない。
あの日あの場所にいた人たちの「記憶の速度」である。

次に新潟の風を切るのは、どの馬か。
そして、その背に乗るのは、誰か。

答えは、次の夏の向こうにある。

 

 

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