ビワハヤヒデを差し切った奇跡──トウカイテイオーが駆けた1993年有馬記念の真実

回顧録

年の瀬に奇跡は起きる――1993年12月26日、有馬記念

寒波が列島を覆った1993年の年末。
東京から総武線に揺られて約40分、千葉・船橋市の小高い丘に建つ中山競馬場では、静かに、しかし確かに、“何か”が起ころうとしていました。

空は澄みきった晴天。馬場状態は良、芝コースの緑は冬の陽に照らされてやや乾いたトーンを帯びています。
コートの襟を立てた人々が肩をすくめながらも、スタンドは朝から熱気を帯びていました。

 

激動の時代背景とともに

1993年、日本は激動の只中にありました。
戦後初の非自民政権が誕生し、細川護熙から羽田孜へと政権が交代する不安定な時期。
12月16日には田中角栄元首相が死去し、かつての「日本列島改造論」を覚えている中高年層には一つの時代の終焉が強く印象づけられた年でもあります。

経済はバブル崩壊の余波で揺れに揺れ、「失われた10年」の幕開け。
企業の倒産、就職氷河期、デフレの兆し――暗い見通しがメディアを覆い、人々の心にも影を落としていました。

そんな中、唯一心を解き放てる存在。
それが競馬であり、年末の風物詩・有馬記念だったのです。

 

ファンが作るレース、年末の祭典「有馬記念」

有馬記念――正式には「グランプリ」。
ファン投票で選ばれたスターたちが年末の中山に集うこの一戦は、単なるGI競走ではありません。
勝っても負けても「今年の顔」が決まる舞台。

1993年、有馬記念に選ばれたのは14頭。
最多得票はビワハヤヒデ。
前年暮れにデビューし、菊花賞を堂々の勝利で飾った期待の星。
岡部幸雄騎手とのコンビも円熟味を帯び、多くのファンの支持を集めての1番人気でした。

そして、誰もが驚いた1頭がそこに名を連ねます。
トウカイテイオー。
日本ダービー馬にして、前年の有馬記念以来、約365日ぶりの復帰戦。
誰もが「引退した」と思っていた彼が、そこにいたのです。

 

復活という名の嘘のような真実

骨折、リハビリ、再発、不安。
トウカイテイオーの1993年は、まるで「沈黙」という言葉がそのまま日々の記録であるかのようでした。

陣営は言葉少なに、しかし一歩一歩を確かめながら調整を続けていたのです。
調教師・松本善登は語ります。
「無理はしない。でも、諦めない」。
手綱を取った田原成貴は「この馬は自分の生き方そのものだ」と記者会見で微笑み、誰よりもその背中を信じていました。

調教でも速い時計は出さず、調整はすべて“勝負の12月26日”に焦点を合わせて進められました。

 

中山競馬場――その瞬間に満ちる期待

パドックに登場したトウカイテイオーは、馬体重474kg(+14kg)。
一年ぶりの実戦とは思えない仕上がり、毛艶は漆黒に輝き、歩様は堂々としたものでした。

「あの脚がもう一度見られるのか?」
「無事に回ってくれればそれでいい」
ファンの表情には様々な感情が混じっていました。

しかし、その眼差しの奥には共通して、“信じたい”という想いが滲んでいたのです。

 

運命のスタート、先行策から蹄が踊る

ゲートが開いたその瞬間、14頭の鼓動がコースに放たれました。
スタート直後、メジロパーマーが先手を取り、ビワハヤヒデ、ウイニングチケットなどの実力馬たちが好位につける中、トウカイテイオーは中団の内でじっと機を窺っていました。

向こう正面、900mの通過タイムは53.2秒
やや落ち着いたペース。後方待機の馬たちが位置取りを上げようとする中、ビワハヤヒデが先に動きます。
そして、四角――
馬群の内から抜け出したのは、まさに「影のように静かだった」トウカイテイオーでした。

直線、歓声の坩堝で生まれた奇跡

ビワハヤヒデが抜け出した!
1番人気、文句なしの脚色。誰もが「決まった」と思ったその刹那――

大外から、漆黒の馬体が一気に並びかけます。

トウカイテイオーだ!!

スタンドが揺れました。
田原成貴が促すと、まるで一年の静寂を爆発させるような走り。
馬群を切り裂く風を受け、蹄が弾け、前を行くビワハヤヒデに食らいつく。
ゴール板目前、観客の絶叫とともに半馬身だけ前へ。
奇跡の復活。
タイムは2:30.9。復帰戦とは信じ難い数字でした。

スタンドが揺れた、涙と歓喜と拍手

ゴール後、誰もが一瞬言葉を失いました。

そして、数秒の沈黙を破ったのは万雷の拍手。
「信じてよかった」「まさか勝つとは」「おかえり」――
感情が交錯する中で、田原騎手は人差し指を空に突き上げながら、何度も馬の首を撫でました。
「ありがとう、ありがとう」と口ずさむようなその姿が、まるで儀式のように見えました。

3着、ナイスネイチャ――人々に愛されたブロンズの魂

忘れてはならないのが、3着に入ったナイスネイチャの存在。
3年連続の有馬記念3着という異例の記録を残したこの馬もまた、人々にとって特別な存在でした。

10番人気、26.6倍という低評価。
しかし、最後の直線で見せたその粘り――決して勝てないかもしれないが、必ず見せ場を作る男前な走り。
ファンが愛する所以は、まさにこの“期待に応える姿勢”だったのかもしれません。

競馬が教えてくれるもの

有馬記念とは「一年を締めくくる物語」。
1993年は、それがまさに顕著に表れた年でした。

政治も経済も揺らいでいたあの時代。
人々は不安のなか、たった一つの奇跡にすがるようにして競馬場へ向かったのです。
そして、トウカイテイオーという馬が、たしかにそれに応えてくれました。

終わらない余韻、そしてこれから

あれから30年以上が経ちました。
しかし、1993年の有馬記念の余韻は、今なおファンの胸を温め続けています。

あのときの涙、あのときの歓声。
それは単なる勝敗ではなく、“心が震えた瞬間”として記憶されているのです。

トウカイテイオーはその後、種牡馬としても多くの産駒を残し、競馬界に多大な影響を与えました。
そして、私たちは今もまた、有馬記念という舞台に新たな奇跡を夢見ています。

結びに

スポーツとは何か。
勝ち負けの世界か、それとも人々の感情を動かす力なのか。

1993年の有馬記念は、私たちに問いかけてきます。
「あなたにとって、奇跡とは何ですか?」

今年の有馬記念、再び私たちはスタンドに立つでしょう。
そして耳を澄ますのです――あの日と同じ、あの蹄音が再び響くことを信じて。

コメント

タイトルとURLをコピーしました